大判例

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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1834号 判決

原告

三井海上火災保険株式会社

ほか一名

被告

大林克行

主文

一  被告は、原告三井海上火災保険株式会社に対し、金一七六万九四六四円及びこれに対する平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告折笠公敏に対し、金八九万五五〇〇円及びこれに対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、第一、二項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告三井海上火災保険株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、二七三万一八一九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告折笠公敏(以下「原告折笠」という。)に対し、一一九万四〇〇〇円及びこれに対する本件事故当日である平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、左記一1の事故の発生を理由として、原告折笠と自家用自動車総合保険契約を締結している原告会社が請求権代位に基づき損害賠償金の求償を、原告折笠が民法七〇九条に基づき損害賠償を、それぞれ被告に対して請求する事案である。

一  争いのない事実(2(二)を除く。)

1  本件事故

(一) 日時 平成二年一月一日午前九時四〇分ころ

(二) 場所 豊橋市神野新田町字ヲノ割二〇―三先路上

(三) 態様 被告が、右日時ころ、右場所において、その運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を転回させたところ、対向車線を直進してきた原告折笠の長男折笠竜一(以下「亡竜一」という。)の運転する普通乗用自動車(原告折笠所有。以下「原告車」という。)がハンドル操作を誤つて道路左端側路外に逸脱し、志水真昭経営の飲食店スパゲツ亭チヤオ港店(以下「チヤオ」という。)に突入した(亡竜一は、本件事故により、平成二年一月三日死亡した。)。

2  原告会社の請求権代位

(一) 原告会社は、自動車損害保険等の保険業務を目的とする株式会社である。

(二) 原告会社は、平成元年八月一八日、原告折笠との間に、自家用自動車総合保険契約(証券番号〇一四四八三九〇五二号)を締結した(弁論の全趣旨により真正な成立を認める甲二により認める。)。

(三) チヤオは、本件事故により店舗を損壊され、五八七万三七〇二円の損害を被り、共同不法行為者である亡竜一の相続人である原告折笠は、チヤオに対し、損害賠償金としてうち五〇〇万円を支払うこととなつた(残額八七万三七〇二円は、被告において支払つた。)。

(四) 原告会社は、前記保険契約に基づき、原告折笠に対し、平成二年二月八日に八〇万円を、同年三月六日に四二〇万円を、それぞれ支払つた。

3  原告折笠の損害

原告車は、本件事故により全損となり、一九九万円の損害が生じた。

二  争点

被告は、〈1〉原告車は、時速約一二〇キロメートルの速度で他車と競争しながら走行していて本件事故を起こしたものであり、本件事故は、原告車の暴走行為に起因するものであるから、被告車の転回行為と本件事故との間に因果関係はない、〈2〉仮に因果関係があるとしても、本件においては転回可能な時間的余裕が十分にあり、亡竜一が制限最高速度を守つて走行していたならば本件事故は発生しなかつたはずであつて、被告には、転回に当たり、原告車のように交通法規に違反して高速度で暴走してくる車両のあり得ることまで予見すべき注意義務はない、〈3〉被告に何らかの過失があるとしても、亡竜一の側に暴走行為、前方注視義務違反という重大な過失があるから、少なくとも九割程度の過失相殺がなされるべきである、と主張する。

これに対し、原告らは、本件事故は、被告が転回禁止との交通規制がなされている場所で転回し、原告車の進路を妨害したため、亡竜一が被告車との衝突を避けようとしてやむなく急転把・急制動の措置をとつた結果、自車の制御能力を失つたために発生したものであつて、危険性の高い被告の転回行為こそが本件事故の直接かつ主要な原因であるから、速度超過による亡竜一の過失の割合は四割とすべきである、と主張する。

第三争点に対する判断

一  いずれも成立に争いのない甲一、乙一、二の一・二、三、証人高見俊二、被告本人に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、中央分離帯で区分された片側三車線(車道幅員片側九・四メートル)の県道豊橋港線(以下「本件県道」という。)上である。

2  本件県道においては、最高速度が時速五〇キロメートルに制限され、また、転回禁止との交通規制がなされていた。

3  本件事故現場付近は、信号機等による交通整理は行われていないが、本件県道と幅員四・〇メートルないし四・七メートルの道路とが交差する十字路となつており、本件県道の中央分離帯には開口部(以下「本件開口部」という。)が設けられていて、本件県道を横断することや本件県道へ右折進入することができるようになつていた。

4  本件県道は、交通量の多い幹線道路であるが、本件事故当時は比較的交通が閑散としていた。なお、本件県道は、直線となつており、前方の見通しは良かつた。

5  ところで、亡竜一(本件事故当時一八歳)は、平成二年一月一日午前九時四〇分ころ、一七歳から一八歳の男女三名の同乗した原告車を運転して、本件県道の第三車線を南西側の豊橋港方面から北東側の往完町方面に向けて時速一〇〇キロメートルないし一二〇キロメートル前後の速度で走行し、本件事故現場付近に至つた。

6  一方、被告は、同じ時刻ころ、一名の同乗した被告車を運転して、亡竜一とは逆に、本件県道の往完町方面から豊橋港方面に向かう路線の第三車線を走行して、本件事故現場付近に至つた。

7  被告は、転回禁止との交通規制がなされていることは知つていたが、反対方向に向かうため、本件開口部において、一時停止をして南西方面から進行してくる車両を一瞥した後、右回りに転回し、対向路線の第二車線に進入した。

8  亡竜一は、一〇〇メートル前後手前で本件開口部に被告車の前部が現れたのを認め、いつたんハンドルを左に切つて進路を第二車線に変更したが、被告車が転回して原告車の進路に進入してきたことから、被告車との衝突を避けるため、四十数メートル手前で再びハンドルを右に切り、第三車線に戻るとともに急制動の措置をとつた。

9  原告車は、被告車が転回を終えるのとほぼ同時にその右側を通過したが(原告車と被告車は、全く接触していない。)、高速で右のような急転把・急制動の措置をとつた結果、自車の制御能力を失つて左斜め前方に滑走し、路外に逸脱してチヤオに突入した。

二  そこで、検討するに、被告は、被告車の転回行為と本件事故との間の因果関係を争うが、右に認定したとおり、本件事故は、亡竜一が、原告車の進路に転回・進入してきた被告車との衝突を避けようとして、原告車を急転把・急制動させた結果、原告車が制御能力を失つたために発生したものであつて、両者の間に因果関係があることは明らかである。この点に関し、証人高見俊二によれば、原告車は、本件事故発生直前、第二車線を進行するセドリツクと競争するように走行していたことが認められるのであるが、被告車の転回行為とは無関係に右のような走行自体が直接の原因となつて本件事故が発生したものとは認め難い。

そして、右に認定した事実によれば、被告は、本件県道において、同所が転回禁止場所とされているにもかかわらず、しかも、反対方向から直進進行する車両との安全を十分に確認することなく、転回し、原告車の進行を妨害したものであるから、本件事故の発生につき過失があると判断される。

これに対し、被告は、本件においては転回可能な時間的余裕が十分にあり、亡竜一が制限最高速度を守つて走行していたならば本件事故は発生しなかつたはずである、と主張する。しかしながら、自動車の運転者としては、本件事故当時における本件県道のように、比較的交通閑散な幅員の広い直線道路においては、制限最高速度をある程度上回る速度で走行する車両のあり得ることを当然に予測して行動すべきである(右のように制限最高速度を遵守しない車両の運転者に応分の過失が認められることは、これとは別個の問題である。)ところ、本件証拠によれば、被告が転回のため本件開口部において一時停止をした時点においては、原告車との距離は、九三・九メートル(乙二の一)ないし一二七・五メートル(乙二の二)程度であり、これは、被告において予測すべき範囲内にあつた時速七〇キロメートルで走行する車両を例にとれば、四・八秒ないし六・六秒で走行し得る距離であるから、被告が転回した場合には、反対方向から直進進行する車両の正常な交通を妨害するおそれが十分にあつたといわなければならない。まして、本件県道は、転回禁止との交通規制がなされていた(低速度でなされる転回は、右折に比して直進車の進行を妨げる危険が大きく、本件県道は、交通量の多い幹線道路であることから、このような転回を禁止する規制がなされているものと推察される。)のであるから、被告としては、仮にも反対方向から直進進行する車両の進行を妨害することのないよう、その動静を十分に確認する必要があつたのに、被告は、本人が自認するとおり、これを一瞥しただけで、当然、原告車が進行してくる前に転回を終えることができるものと考え、転回に及んだものであるから、過失責任を免れないというべきである。

しかし、他方、亡竜一においても、比較的交通が閑散であつたとはいえ、制限最高速度を時速五〇キロメートルないし七〇キロメートルも上回る時速一〇〇キロメートルないし一二〇キロメートル前後の速度で本件県道を走行していたものであり、このような非常識な速度でいわゆる暴走をしていたことが、原告車の制御能力が失われて本件事故が発生するに至つた大きな原因の一つであることも明らかであるから、亡竜一の側にも、本件事故の発生につき被告のそれに劣らない過失がある。

以上の被告の過失と亡竜一の過失とを対比すると、両者はほぼ同程度であるというべきものの、亡竜一の過失の方がやや大きいと考えられることから、チヤオに対する関係では、亡竜一(原告折笠)と被告との負担割合は五五対四五と解するのが相当であり、また、原告折笠が本件事故によつて被つた損害額については、過失相殺としてその五五パーセントを減ずるのが相当である。

三  したがつて、原告会社が原告折笠に代位して被告に対し求償し得る損害賠償金の額は、次のとおり、一七六万九四六四円となり、原告折笠が被告に対して賠償を求め得る損害額は、八九万五五〇〇円となる。

500万円-(587万3702円×0.55(323万0536円。円未満切捨て)=176万9464円

四  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 河邉義典)

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